教員リレーコラム~知の並木道~

リレーコラム第28回(2013年11月18日)
分子からの手紙を読む‐浮世絵の分光分析‐

文:理工学部 化学・生命化学科 教授 坂本 章

坂本 章 教授
 坂本 章 教授

分光学は、文字どおり光をその波長(色)で分ける学問ですが、もう少し具体的に説明すると、光と物質の相互作用によって生じる光の強度やエネルギーの変化から、その物質中の原子や分子の構造を調べる学問と定義できます。

分子の世界は極微の世界であり、どんな顕微鏡を使っても動きまわる分子の姿を、直接観察することは今のところ難しいです。そこで、分子が光に託して私たちに発信してくる「スペクトル」と呼ばれる"手紙"を解読することで、私たちは間接的に分子の姿をとらえることが可能となります。「スペクトル」をもう少しきちんと説明すると、横軸に光のエネルギー(または波長や振動数)をとり、縦軸に光の強度をとってグラフにしたものです。

ここでは、"分子からの手紙"を読む一つの例として、私たちが行った浮世絵(錦絵)に対する光を使った分光分析についてご説明します。浮世絵は、1765年に鈴木春信らを中心にはじめられた多色摺版画です。春信以後、鳥居清長、喜田川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎といった優れた絵師が輩出され、浮世絵は江戸時代(1603-1867年)はもちろんのこと、現代でも日本を代表する美術の一分野として広く海外にまで知られるようになっています。

私たちは、浮世絵のような文化財を研究対象とした持ち運び可能なラマン分光イメージング装置を、(株)エス・ティ・ジャパンと国立歴史民族博物館と共同で開発しました。一般に博物館や美術館から文化財を持ち出すことは難しいので、装置のほうを文化財のある場所に持って行って、その場で分光分析ができることは、私たちが開発した装置の長所になっています。また、私たちの装置では、分光分析に必要な励起レーザー光を、集光することなく面(二次元)で照射してそのまま面で測定するため、レーザー光で試料を痛めにくい(試料に優しい)ということも私たちの装置の長所です。つまり、私たちの装置は、試料に触れることなく(非接触)、また試料を壊すことなく(非破壊)、"分子からの手紙(ラマンスペクトル)"に基づく面(二次元)でのイメージングが可能なのです。

この開発装置を用いて、江戸時代後期の浮世絵とその版木を測定し、当時使用されていた色材を同定した例を、図に示しました。浮世絵「阿波の十郎兵衛」(歌川国芳画、1847年頃)の緑色部分のスペクトル(図a)は、黄色顔料"石黄"[化学組成式 As2S3]のスペクトル(図b)と青色顔料"プルシアンブルー"[化学組成式 FeIII4[FeII(CN)6]3]のスペクトル(図c)の足し合わせとなっており、緑色は黄色と青色の混色によって表現されていたと分かりました。また、18世紀に入ってからヨーロッパで合成された"プルシアンブルー"が、江戸時代後期には、浮世絵の印刷に使われていたことも確認できました。

浮世絵「阿波の十郎兵衛」と(a) その緑色部分(赤い四角形で示した部分)のラマンスペクトル、(b) 石黄のラマンスペクトル、(c) プルシアンブルーのラマンスペクトル

今後は、文化財と同様に、非破壊での分析が必要とされる「生きている試料」も研究対象として、特に、臨床での病気の診断などに応用できる装置への拡張と改良をしていきたいと考えています。

化学・生命科学科学科
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青山学院大学 理工学部 化学・生命科学科 教授
坂本 章
Akira Sakamoto
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