教員リレーコラム~知の並木道~

リレーコラム第18回(2012年12月17日)
極限環境にすむ生物の不思議

文:理工学部 化学・生命科学科 准教授 阿部文快

阿部文快 准教授
阿部文快 准教授

 『海底はまるで荒れ果てた地のよう。他の惑星に行って帰って来た気さえする。』 2012年3月26日、ジェームズ・キャメロン監督は、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵に到達したときこのようなコメントを発しました。そこは世界最深部11,000mの海底です。私たちがすむ地球のおよそ7割は海でおおわれ、水深200mを超す深海はその8割を占めます。海は意外に深く平均深度は約3,800m、陸上の380倍もの水圧にさらされた超高圧環境です。11,000mの深海は1,100気圧、1トン/㎠以上もの圧力がかかる極限の世界です。想像できますか?もし直径1メートルのマンホールのふたに1トン/㎠をかけるとしたら、成人男性がいったい何人乗ればいいのか?その数なんと10万人。市町村人口に匹敵します。10万人が肩車してどんどん上空へ向かったとすると、到達する高度は170 km、成層圏をはるかに突き抜けます。スカイツリーだったら268基が縦に重なる計算です。もちろん現実にこんなことはありません。ですが、かくも猛烈な圧力が深海の生物にかかっているのです。『どうして深海生物はこれほどの超高圧下で生きられるのだろう?』1872年から1876年にかけて行われた英国チャレンジャー号の探検航海から140年、多くの研究論文をひも解いてみても、いまだに決定的な答えが見つかっていません。

2010年4月から本学に着任するまでの16年間、私は独立行政法人海洋研究開発機構(以下JAMSTEC)で深海の魅力を生物の切り口で紐解くことにロマンを感じ研究をしていました。そして、私たちの研究チームはチャレンジャー海淵の微生物の存在を発見しました。キャメロン監督の潜航に先立つこと17年前の1995年、JAMSTECの無人潜水艇“かいこう”を使った底泥のサンプリングを成功させ、さらにその底泥から3,000株以上もの微生物を分離しました。マリアナ海溝は水温1〜2℃、太陽光が届かないだけでなく、1,100気圧もの圧力がかかっています。にもかかわらず、そこが死の世界でなかったことに感動しました。さらにそれらの大多数は地上の実験室、つまり1気圧のもとで平気で生育できることがわかりました。こんなに環境が変わっても微生物は適応して生きていられるのです。

一方で、数百気圧もの高圧を好み、ぐんぐん生育する微生物、“好圧性微生物”とよばれている細菌群がいることもわかりました。こうした微生物は細胞膜が、陸上の生物にはあまりみられない変わった成分でできており、多価不飽和脂肪酸が多く含まれています。細胞の大きさは1ミリの500分1ほどですが、生きるために必要なタンパク質を数千種類も持っています。一般に圧力がかかるとタンパク質は機能を失いますが、こうした微生物ではそれら全てが高い圧力下ではたらくように特殊な進化をしてきているのです。

地球の誕生は今からおよそ46億年前、原始生命は約38億年前に深海の熱水が噴出する高圧環境で出現したと考えられています。長い生命の進化の過程が私たち人類を含む多様な生物種をはぐくみ、ありとあらゆる環境へと生物が適応してきました。微生物にはこの他に100℃を超える熱水中、0℃以下の氷の中、強酸や強アルカリ環境、飽和濃度の食塩水中、あるいは強烈な放射線がふりそそぐ中でも平気で生きていられる種も知られています。こうした極限環境にすむ生物の不思議を探ることで、“生命”とはいったい何なのか?私たちの研究の興味は、このような究極の問いに答えを見いだそうとしているところにあります。

阿部文快研究室では、高圧下の生命現象に興味を持って研究を行っています。また、私たちの食生活になじみの深い酵母菌(イースト)も実験に用いています。




相模湾や駿河湾、日本海溝から分離されたさまざまな深海酵母
直径9cmの培養シャーレで生育する深海酵母。鮮やかな朱色や黄色はカロチ ンというニンジンに含まれる橙色成分とよく似た物質です。お酒やパンを造る 酵母菌の親戚が、不思議なことに深海にもたくさんいるのです。N6株は日本海溝から単離された酵母菌です。驚いたことに、みかんの皮をどろどろに溶かす酵素を生産することがわかりました。ごみ処理に役立つのではないかと考え、特許を取得しました。

次回のコラムは、物理・数理学科 松本裕行教授 が「ランダムウォークからブラウン運動へ、そして...」についてのお話しをリレーしてくださいます。ご期待ください。

阿部文快研究室のホームページ
http://www.agnes.aoyama.ac.jp/bio/faculty/abe_f.html

化学・生命科学科のホームページ
http://www.agnes.aoyama.ac.jp/bio/index.html


青山学院大学 理工学部 化学・生命科学科 准教授
阿部 文快
Fumiyoshi Abe
研究室ホームページ
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