教員リレーコラム~知の並木道~

リレーコラム第14回(2012年6月18日)
(前編)理工学部でキリスト教概論を教えて思うこと

文:理工学部 准教授 (英語・青山スタンダード科目) 福嶋 裕子

福嶋 裕子 准教授
福嶋 裕子 准教授
 このキリスト教概論のクラスで初めてキリスト教に触れる学生がほとんどです。宗教に洗脳されるのではないかと緊張した面持ちの学生たちを目前に、実は私も緊張します。私事ですが、13年間アメリカのボストンという街で学生をしていました。ハーバード大学の神学部で博士号を修得しました。厳しい学生生活でしたが最高に恵まれた環境でした。ハーバード大学の神学部には自由闊達で社会貢献を第一とする校風があります。しかし信仰を忘れているのでもありません。いずれにしましても社会福祉や政治全般への関心が高く、しかも学問的な批判精神も旺盛です。  神学部の周りの鬱蒼とした邸宅と庭の木々を抜けて学校に通いました。20世紀初頭の哲学教授ウィリアム・ジェィムズの邸宅の前を通って、古色蒼然とした神学部の建物に到着します。ここがかの有名なウィリアム・ジェィムズが住んでいた家なのだと毎回、心のどこかが引き締まるような思いで通っていたのを覚えています。もっとも現在のほうが、ジェィムズについてまじめに学んでいれば良かったと後悔しています。青学でキリスト教概論を教え始めて、宗教学の引き出しをたくさん持っているべき必要性を感じます。私の専門は「新約聖書とキリスト教の諸起源」というまことに小さな分野で、現代日本からほど遠い時代と場所の研究です。正直な所、ボストン時代の私は、前2世紀から後2世紀までの古代地中海世界の中で幸せに暮らしていました。今は一気に21世紀、現代日本に連れ戻された感じです。



 古代地中海世界における初期キリスト教のダイナミズムを日本の教室で再現することは至難の業です。キリスト教という宗教の知的な側面を伝える難しさに直面します。宗教的な感情を知らずして、知性だけが先走ることは不可能なのだと思い知らされます。しかし既に大人の領域にさしかかろうとする青年たちに、稚拙な形で宗教の情操教育を施すことは出来ません。自分の力量不足を思いながら、多感な学生の反発も覚悟の上で、創造信仰について、キリスト論について語って行くしかありません。  或るとき、理工学部の教授に言われてしまいました。「福嶋先生のキリスト教概論を受けた学生に『パウロの回心』と言っても通じませんでしたよ・・・・・・」。がっくりです。心の中でつぶやいてしまいました。「学生諸君よ、せめて『パウロの回心』くらい覚えて卒業してくださいね。『目からうろこ』は日本の諺ではないのですよ。使徒パウロがキリストに出会い『目からうろこのようなものが落ち』キリストを信じて洗礼を受けたのです(使徒言行録9章18節)。この不思議な物語を信じろと迫りはしません。しかし、せめて「目からうろこ」は、聖書表現が日本語として定着した典型例です。しかも使徒パウロ(元の名前をサウロ)がキリスト教に導かれた劇的なクライマックスに出て来る言葉なのです。キリスト教概論は、青学生の必修単位です。卒業した後、将来のどこかで何かの形で人生のプラスになる講義であれかしと願う次第です。

 さて、少しばかりキリスト教概論のクラスのままにキリスト教について紹介いたします。少し難しいかもしれませんが、さすが大学生。理解を示してくれます。

(後編)宗教を構成する四要素

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青山学院大学 理工学部 准教授 (英語・青山スタンダード科目)
福嶋 裕子
Yuko Fukushima
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